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guitar

No.36 Gibson Les Paul Standard Cherry Sunburst ’81

name: #1

今回の文章は長くなると思います、ご容赦ください。

1981年製の Les Paul です。こいつは大切なギターです。もちろん何本持っていても、どのギターも大切ですよ。しかしこいつは特別大切なんです。

なぜならこいつはボクが2本目に入手したギターで、初めての「メインギター」だからです。

ボクはこいつを手にライブハウスに突っ込んでいったんです。

買ったのは88年の初頭、高校卒業間近。同級生が大学入試直前で必死になっている頃、ボクはバンドを組みました。The Coke という名前でした。大学も一応受験はしたんですが落ちました。芸術系の大学を3つ受けたんですが、全部2次試験まであったんです。しかしそれらの1次試験は全部受かってた、つまり学力は足りてる。それで気が済んでしまいました。ボクがバンドで生きていきたいと思っていると勘づいていた母親は「大学に行けば4年間も自由に考える時間があるんだから、そんなに焦りなさんな」と諭しましたが、ボクは子どもの頃から頑固だったんです。「行きたい道は決まってるんだからその4年は無駄だ。現場に出たい」と突っぱねました。

その頃「本気でバンドをやるなら Gibson か Fender くらい持ってないとなぁ」と考えていました。使っていた練習スタジオに中古のギターが数本あり、販売もしていたんです。

ある日そこで偶然目にしたのがこいつです。

ギターの知識なんかほぼなかったので「お!Gibson じゃん!安いしこれでいいじゃん!!」くらいにしか思っていませんでした。値段は9万円代。母親がボクの機嫌をとるためか「買ってあげようか?」と珍しく申し出てくれましたが、「男の道具を親に金を出して買うんじゃ意味がない」と、これも断りました。挙げ句ローンで月8000円を1年以上刻んで返すことになったんですが、いま思い返しても我ながら「横山少年、シブい……」となります。

高校を出てからはアルバイトとバンドに明け暮れる毎日。いつもこいつを手にしていました。

家で弾くのもこいつ、バンドの練習もこいつ、ライブもこいつ。バイトの休憩時間にも弾きたくて、そのためだけにバイト先に持って行ったこともあります。いつだってこいつ。

The Coke は91年の冬に最後のライブをしました。その少し前の91年の夏には Hi-Standard を結成。その時も持ってたギターは当然こいつ。

ちなみに、ボクは自身を「レスポール・プレイヤー」だと思っています。全員そうだとはもちろん言いませんが、ギターの特性に引っ張られるようにしてギタースタイルを確立させていくギタリストっているんです。これはギタリストがプレイスタイルを確立していく上で「どんな音楽を聴いて育ったか」と同じくらい大きな要素なのではないか、とボクは感じています。例えばジョン・フルシアンテなどは典型的な「ストラト・プレイヤー」だと思います。恐らくストラトの音でプレイスタイルを確立させていったのでしょう。ジョン・フルシャンテを例えに出すとビッグネームすぎて飛躍しすぎの感もありますが、そういった意味でボクはレスポール・プレイヤーなんです。

いまやメインギターは Gretsch ですが、横山少年は Les Paul 特有の太い音で育ち、それに合ったフレーズを得意として弾くようになりました。

上記したように偶然練習スタジオで売っていたのが Les Paul だったのですが、これがもし Fender だったら、ボクはストラトかテレキャス・プレイヤーになっていたでしょう。仮定の話なんでわかりませんが、そうなるとおそらく今のプレイスタイルではないでしょう。ということは、今の自分はいなかったということになります。

Hi-Standard の94年リリースのミニ・アルバム「Last Of Sunny Day」は全部こいつ1本で録りました。その後 Hi-Standard は快進撃を続け、95年に入るとアルバム制作の話が出始めます。後の「Growing Up」です。その95年の春頃に知り合いから ESP を紹介されて、ESP のギターを弾くようになります。95年5月頃の写真で Navigator のゴールドトップ(ボクが初めて ESP から渡されたギターです)を弾いているので、こいつはその直前まで弾いてたんだと思います。

つまり88年の頭から95年の5月頃まで、8年と数ヶ月、横山のメインギターでした。そりゃ特別なギターと言えますよね。ネック裏の塗装のはげ方なんか見てやって下さい、どうやったらあんなにはげるんですかねぇ?それだけたくさん弾いたんでしょうね。力いっぱい握って。

ESP のギターを弾くようになってこいつは完全に表舞台からは遠ざかることになり、今ではハードケースに入れて保管しています。何年か振りに出してみると「フワ~ッ」と当時の空気の匂いもそのままパックしてあったかのような気になります。実際匂いがしますし!このギター本体から独特の匂いがするんですよ!木の匂いじゃないんですね。全然悪い匂いじゃないけど、大して良くもない、とても懐かしい匂い。きっとハタチ頃とかのボクの部屋の匂いが染み付いているんだろうなぁ。その証拠って言っちゃーあれですけど、バインディングがタバコのヤニで変色しまくってますね。

そりゃねぇ「この匂いを嗅いだら当時の忘れてた人、気持ち、風景を思い出す」ってなりますよ。すごく甘酸っぱくて懐かしい匂いです。

ヤバいっす!!かなりセンチメンタルな気持ちになるっす!良くないっす!ここからアゲてくっす!!

肝心の音なんですが、こいつひどい音なんですよ。「Last Of Sunny Day」の音がこいつそのまんまなんですけど、まぁひどい音です。中にはこの音が好きだって言ってくれる方もいらっしゃいますが、ボクにとってはひどい音です。愛情を持って言います。「何喰ったらそんなひどい音すんの?」ってくらいひどいです(ギターはメシは喰いません) メインで使っている当時はそんなこと思いませんでした。どれだけひどくても、ボクにはこいつしかいなかったですけどね。

ちなみにですけど、「Growing Up」は ESP のギターで録ってますが、曲はこいつで作りましたね。「In The Brightly Moonlight」のソロとか、「California Dreamin’」のソロとか、全部こいつだったですね。そう考えると、君ひどいギターなのにすごいなぁwwwwwwwwww

そんで異様に重いんです。「何ヶ月便秘してんの?」ってくらい重いです(ギターはクソしません) それは当時から薄々勘づいてました。他の人の Les Paul より全然重い。しかし若いって素晴らしいですね!今はさすがに重いギターを持つとややネガティブな気分にもなりますが、若い時はそんなこと微塵も感じないもんなんですね。「重い」という事実のみ。なんならそれがシブいくらいに思ってました。今でもボクはストラップが長めですが、当時はもっと長かったんです。それもこいつの重さ故にストラップがどんどん伸びていってああなった、という説もあります。ボクの「猫背で弾くスタイル」はこいつから、かもしれません。なんかそれもすごい話だなぁ、君ひどいギターなのにwwwwwwwww

それではこいつ単体について見ていきましょう。

シリアルが「80131036」、81年製です。この頃の Les Paul Standard の特徴としてラージヘッドが挙げられます。それにヘッド付近でのネック折れを防ぐためのボリュートがついています。ボクがいまだにデカいヘッドとボリュートが好きなのは、間違いなくこいつの影響です。

ボディーとネックが3ピースなのが見えますね。なのでヘッドは5ピースということになります。ボディートップはメイプルのはずなんですが、一切メイプルらしさというか、ファンシーな杢がありません。ボク語でいうと「ブス」です(wwwwwww) トップも3ピースなんですが、まぁ3ピースで杢入りなんてあったら、もったいないの極みですよね。絶対にやらないと思います。なので基本3ピースメイプルトップはもれなくブスです。ネックもメイプルネックらしいです。言われてみりゃそんな気もしますw

ボディーはマホガニーだと思うんですが、繰り返します、非常に重いです。重い上に、塗装もなんか色気がないですよねww 正直「塗装、雑だなぁ」って思いますwwww

仕様に目をやると……まずフレットがデカいですねぇ!いわゆる「フレットレス・ワンダー」になるのかなぁ??デカくて低いフレットを採用していた時期があるんです。でも確かに弾きやすかったですよ。しかしそれもいまとなっちゃー削れまくって……ローフレットの方なんて「ナットですか?」ってくらい削れまくってますwwwwww フレット交換って結構お金がかかるので、こいつではしたことないです。

そういえば、買った当初はピックガードがついていたと思うんですが……どこ行ったんだろ?Les Paul のピックガードを外すのは昔からの好みのようですね。

8年とちょっとの間にいくつかパーツも変えました。しかし、まずペグがおかしなことにwww 3弦だけテレキャスなどについているような小さな頭のものがついてますねwwww これね、ある時3弦のペグが壊れて、でも新しいパーツを買う金の余裕がない。ボクはライブハウスで働いていたんで、そこに出ているバンドのギタリストに相談したら、無償でくれたんです!しかしこれは本来4弦から6弦側につけるもの、サイドが違うとつかないんです。でもそのギタリストが全部分解して中のパーツを逆さまにして装着してくれたんです!「ライブハウス、ちょっといい話」でした。ありがたい話です。懐かしいなぁ。

ピックアップは、フロントは買った時から変えてませんが、リアは何度か変えましたねぇ。ディマジオのスーパーディストーションを積んでた時期が長かったですね。今はどうやらダンカンの JB のようです。

エンドピンもロックピンじゃないんですね。ストラップはなに使ってたんだろ???

それから牛骨のナットが欠けたままになってますねぇwww めちゃくちゃっすねぇwwww ついでにジャックの六角ワッシャーに至っちゃブッ飛んで失くなっていますwwwww

あとは指板にもボディーにもあちこちに付着してる黒い手垢。手入れどころか拭いた記憶も一切ないので、それらも相まってなかなか壮絶なムードを醸し出しちゃってますよね。

つまりね、ただでさえひどいギターなのに、ボクが8年かけてもっとひどい状態にしちゃったんですね(白目)

 

「ハタチくらいの頃でしょうか、今は無き下北沢の屋根裏でのライブ。ギターもボクもまだピカピカですwwwww」

 

 

「Hi-Standard のこれも今は無き、大阪・十三ファンダンゴでのライブ。ボクは24才。この数年の間になにがあったんでしょうか、ストラップも髪の毛も鬼ロングwwwwww ディマジオのスーパーディストーション搭載期」

 

一般的に言われているのが、この時期の Gibson は作りがあまりよろしくない。Gibson 社の工場が数年かけての移行途中だったとのことです。経営体制もある種の過渡期だったんでしょう。高級ラインも存在するんでしょうが、レギュラーラインではこいつみたいに作りがよろしくないものも出てしまったようです。つまり今でも中古市場で全く人気がありません(なきなきー)

とは言え横山青年、そんな思い出の詰まったギターを手放すわけありませんよね。売っても人気ないから金額なんてたかが知れてるし(金かよwwwwww) 大事に保管しておくことにしたんですよ。

さてここで話はまた変わるんですが、ボクが30歳になる頃、なんと「矢沢永吉さん」との対談が実現することになったんです!矢沢永吉さん、日本のロックをオーバーグラウンドに持ち上げてくれた人。自分の手でやっていくミュージシャンの先駆け。憧れがないわけありません。「成り上がり」2冊持ってます(家用とツアー用)。

ボク、あまり特定のミュージシャンに憧れを持たないんです。でも一度憧れたら一生モンってくらい想いを強く持っちゃうタイプなんです。「ヒロトさん&マーシーさん」、「宮本浩次さん」、そして「矢沢永吉さん」。全作品聴くとかそういうんじゃないけど、ずーっと追ってます。生きる指標にしています。矢沢さんについてはいずれコラムの方ででも書きましょう。

さてそんな矢沢さんとの初対面、都内のスタジオで対談しました。終わった後に、なぜか持ってきたギターケースを開いてこいつを取り出しました。サインをお願いしたんです。矢沢さんは快く書いてくれました。「1999.6.22」と日付けが入っています。

なぜ矢沢さんにサインをもらうのにこいつをチョイスしたか、それは「どんなことがあっても一生手放さないギター」だからです。当たり前です。ひどい、ひどいと散々言いましたけど、こいつ以外あり得ないです。

それから13年後のある日、今度はテレビ収録で矢沢さんにお誘いいただきましてゲストで出演しました。その時にもこいつを持っていって、2度目のサインをいただきました。「サインの天丼」ってあまり聞かないですよねw 矢沢さんは13年前の自身のサインを見つめて、なんとなく感慨深げに応じて下さいました。「2012.7.10」が日付けです。ああ、もうなんだかエモい!!

数年前に Guitar Magazine の取材を受けた時に、このギターを持って来てほしいと頼まれました。それでね……その時にこいつの名前を伝え忘れたんですよ。ヘッド裏にマスキングテープで名前も書いてなかったし。そしたら紙面に「YAZAWA」って名前で載っちゃいましたwwwwww いやまぁそれでもいいんですけどねwwwwww でも実はこいつにもしっかり名前がついてまして、「#1(ナンバー・ワン)」というんです。

ギターに名前つけるのは昔からの習慣なんですが、ヘッド裏にマスキングテープに名前書いて貼るのは、まだこいつがメインの頃はやってなかったですからねw

この「#1」、直接皆さんの目に触れることはほぼないとは思いますが、ずーっと大事に取っておきます。

ボクが必死で自分で買って手に入れて、ボクをここまで連れてきてくれた最初のメインギターですから。

だから「#1」なんです。

時々考えるんです。ギターが置いてある部屋で、ボクがいない時に、こいつらどんな話してんだろうなって。#1 はさぞかし昔のひどい話とかを近年来たギター達に話してんだろうなぁ。

「Honey」とか「Skate」はハイスタの90年代黄金期の話を自慢気にしてるでしょうね。そういうのを「Kenny Falcon」とかが「何度も聞いたっつーの」みたいな感じで流してんのかなぁw

いや……#1 はなにも話さず、笑って聞いてるタイプかなぁ。

2022/1/17

No.36 Gibson Les Paul Standard Cherry Sunburst ’81 / name:#1
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