No.23 Gretsch G6136-FSR OCT JR
name: Sky
6本目の Gretsch の紹介です。ファルコン・ジュニアの「スカイ」です。
ファルコン・ジュニアと一言で言っても、実はまったく違うタイプのものが2種類あって…「どっちが本当のファルコン・ジュニアか?」というのがわかんないんです。どちらも限定物なようですが…まずスモールボディー(14インチ幅、2 1/4 インチ厚)を擁した「G7594 JR FSR White Falcon Jr. Double Cutaway」というものがあります。ホワイトファルコンの超小型版とでもいいましょうか。14インチ幅というと、Gretsch でいうと Duo Jet が13 1/4インチ幅ですから、それよりちょっとは大きいかな?っていうくらいです。
「スカイ」はそれとは全く違う、「もう一つのファルコン・ジュニア」なんです。通常の17インチ幅のファルコンをただ16インチ幅に小さくして、厚さも2 3/4厚から2 1/2厚に0.25インチだけ薄くし、ネックのスケールをロングスケールからレギュラースケールにしただけという物。
「ファルコン・ジュニア」と銘打つにはスカイの方がわかりやすくて近いんじゃないかなぁ?という個人的な思いはありますが、それはともかくとして、ボクが知っているだけでも2種類の「ファルコン・ジュニア」が存在するわけです。少し混乱しますね。
先述した「限定物」というのは型番上で G6136 に続く「FSR」という記述で確認できます。
「FSR ってなんずらー?」、そうですよね、皆さんそう思われると思います。FSR というのは「ファクトリー(F)・スペシャル(S)・ラン(R)」の頭文字を取った言葉です。Gretsch のレギュラー商品と違って、各国の Gretsch ディーラーや有力小売店が特別に注文/製作するシリーズを指すようです。ちなみにですが、Kenny Falcon も Kenny Falcon Jr. も Kenny Penguin も、日本限定発売なので FSR なんです。
それではスカイはどこの FSR なのか…アメリカのコロラド州に「Wildwood Guitars」という、Gretsch とも繋がりの深いギターショップがあるのですが、スカイはそこの特別注文品、FSR だったんです!
2014年の秋の入り口頃にさかのぼるでしょうか…Gretsch 関連のサイトをパソコンで見漁るのが日課になってた頃の話です。Wildwood Guitars のページもよく…というか毎日見てました。「今日はなにかめずらしい Gretsch 入荷されてるかなぁ!?」という感じで毎日覗いてました(ちなみに今でも2日に1回は覗きます)。するとある日突然姿を現した、めちゃ綺麗なブルーを身に纏ったこいつがパーンと目に入ったんですよ!
カラーは「オーシャン・ターコイズ」とのこと。聞いたことのないカラーでしたが、とにかくとても綺麗なギターに見えたんです。ボクの記憶が正しければオーシャンターコイズが8本、それにキャンディーアップルレッドのファルコンジュニアも8本入荷してました。他にもその両色のペンギンも出てましたね。キャンディーアップルレッドも綺麗だったんですけどね…どうもこのオーシャンターコイズのファルコンジュニアが気になってしょうがない。
毎日見てるわけでよね…?そうすると1本…2本…と売れていくのも見えてしまうわけですよ。少しずつではありますが、しかし確実に本数が少なくなっていくんです。「まぁ綺麗なギターだし…青いファルコンなんて珍しいし、みんな気になるから買うよね…」、そんな思いで毎日売れていく様を眺めておりました。
ボクはホワイトファルコンの「レオ」を買ったばかりの頃だったので、レオを弾き込みたいし、第一「ファルコンジュニア」なんて触ったこともない。16インチ幅とサイトに書いてはあるから操作性の良さは想像できましたけど、まぁ安いものじゃないし試奏もせずに買うなんて怖い。レオを買った直後に買うなんてちょっと冒険がすぎるというか…贅沢すぎるよね。そう思って…試しにポチってみました(猛爆)
そしたらね、買えないんですよ!そっか…FSR だから日本への輸出はしないのかぁ…。しょうがないので、指をくわえて見てるだけにすることにしました。
指をくわえて見てるだけにしつつ…日本の Gretsch の代理店である神田商会の猪郷さんにチクってみました(猛爆)
横山「Wildwood の青いファルコンジュニア、みました?」
猪郷「見ました見ました。カッコいいですよね。」
横山「ポチったんですけど買えなかったんですよ…。」
猪郷「そうなんですね。」
横山「…。」
猪郷「Wildwood さんのエクスクルーシブ(独占)なんで、きっと北米限定なんでしょうね。」
横山「…。」
猪郷「日本からでは買えないですよ、きっと。」
横山「…。」
猪郷「ちょっといま詳しくはわからないですけど…。」
横山「…。」
猪郷「…。」
横山「…。」
猪郷「…。」
横山「…。」
猪郷「…。」
横山「…なんとかなりませんか?」
こういった経緯で猪郷さんに本国 Gretsch に問い合わせてもらうことになりました。それからは毎日、猪郷さんに「聞いてもらえました?どんな感じです?」と鬼電。
判明したのは、やはり北米以外の注文者に売らないという約束事のあるギターだったという事。これは望み薄かもしれない…そう思ってたある日、猪郷さんの惜しみない仕事っぷりと情熱が本国を動かしたのか、それともボクの勢いに本国も怖くなったのか、朗報が!
「本国がいろいろやってくれて、一本こちらに送るのにオッケーが出たそうです!」
やったーーー!
この「本国がいろいろしてくれて」というのも、なかなかテクニカルですごいことなんです。基本的に Wildwood さんはギターショップなので、品物は Wildwood さんのものですよね?そして「Wildwood 独占の FSR」としっかり謳ってますよね?それを、協定(?)を破らずに日本に輸出するために、本国の Fender/Gretsch 社が1本 Wildwood さんから買い戻して、それを日本に送ってくれるとの事…。
しかもなんとも気前の良い事に、Fender/Gretsch さんが「Ken にプレゼントする」と言ってきてくれたんです!なんってこった!めっちゃ嬉しい!!…しかし「それはただでもらうわけにはいかない」と日本人気質全開でお答えしたボク、最終的にはものすごく安い値段、破格と言える値段で売ってもらうことになりました。
今ならもらっちゃいますけどね…当時はまだ自分と本国 Fender/Gretsch の関係は始まってなく、日本の Gretsch のディストリビューターである神田商会の猪郷さんの知り合いの一人にすぎなかったわけで、ただでもらうなんてわけにはいかなかったんです。大事な事なんでもう一度言いますけど、今ならもらっちゃいますけどね。
しかしこいつがもたらしてくれた物は本当に大きかった!当然「Kenny Falcon Jr.」の開発に踏み切ったのはこいつの操作性の良さ、存在感の豊かさ、物としてのカッコよさが決め手です。つまりこいつがボクの手元に来なければ Kenny Falcon Jr. はなかったわけです。
そしてここで新たな朗報が!コアな横山ファンが楽器屋さんに問い合わせたんでしょうね…「横山が弾いてる青いファルコンジュニア欲しいんですが…」、そういった問い合わせが猪郷さんのところにも届き、なんと!2017年7月8日に日本の FSR として発売が決定したんです!!もんげーーーーーーー!
初回生産数16本限定だそうです。もちろん反響が大きければ追加生産もあり得るでしょうが、興味がある方は早め早めのチェックをお勧めします!
話は逸れますが、ボク「ギターマガジン」に連載をしてまして、そこでも書いた事なんですけどね…他のギターメーカー/ブランドのことまでは分かり兼ねますが、Gretsch に関しては皆さんからのお店への問い合わせが猪郷さんのところまで届くことが多いんです。多いって言ったら語弊があるのかなぁ…「届くケース」があるんです。例えば少し前に、左利きのギタリスト用に「Kenny Falcon Left Hand」を発売したんです。これもお客さんからの「Kenny Falcon の左利き用ないの?あったら絶対に買うのになぁ」と言った要望が小売店さんを通して猪郷さんの耳に入り、製作が実現したんです。もちろん全ての意見を、なんてことはないんでしょうけど、要望が重なったり、猪郷さん本人も「作ってみたい」っていう興味をかられたりするようなものは、重ね重ね言いますが全部とは言いません、しかし実現することがあるんです。
なので「Gretsch でこういうものがあったらいいのになぁ」なんて思ったら、とりあえずお店に相談だったり愚痴ったりしてみてはどうですか?もしかしたらあなたの要望/アイデアがギターになるかもしれないですよ?とにかく話してみないと、始まるものも始まりません!
さて、ボクのスカイに話を戻しましょう。
ボクの手元に来たのが2014年の12月でした。
シリアルナンバーは JT14062532。2014年6月に日本の寺田楽器で完成したギターだということがここからわかります。Fホールの中を撮った写真でラベルを確認できると思います。ちなみにファルコンシリーズは Fホールのくり抜いた内側に沿ってもゴールドのバインディングが施されているのも確認できますね。最高級の装飾美と言えます。
「G6136-FSR OCT JR」の「OCT」で…恐らく身にまとったカラーの「オーシャンターコイズ」を表していると想像できます。
写真もたくさん撮ったのでじっくりと見ていただきましょう。全体像…美しいですね!ヘッドは Gretsch ヴァーティカルロゴ!ペグはグローバーのインペリアルペグ!最高級の装備がこれでもか!というくらい付いております。
ネックのインレイ、珍しいですよね?これは「フェザーインレイ」といって、「ウェスタンインレイ」と並ぶ、Gretsch の絵柄入りインレイの一つです。
ビグスビーはVカットされた Gretsch by Bigsby!コントロールノブはGアローノブ!
ボクのスカイはピンをロック式のものに交換してあります。それからブリッジ部、レオ同様コマを「KTS」というブランドのチタン製のコマに変えています。
全体的に打痕は少ないですね…やはりウレタン塗装がボディーを守ってくれてるんでしょうかね。ただしヘッドのVシェイプの角だけは…どうしてもぶつけてしまって塗装が剥げてしまっていますね。もちろんこういうの嫌いじゃない、いや、好きです。あとは金属のパーツ類に乗ったサビとか緑青とか、若干マニアックなところが見所でしょうかね!
肝心の音!それなんですが、「こいつだけ他のファルコンと比べても音の深さが違うなぁ…」と思っていたんです。ライブはさて置き、レコーディングになると Gretsch のギターの中では、歪ませた時の音の深さ、それにシャープさがダントツに良く、マイク乗りが明らかに良いんです。
どの音がこいつの音かというと…Ken Yokoyama の6枚目のアルバム「Sentimental Trash」の5曲目「Da Da Da」のイントロなんかがこいつの音です。リズムが入ってくるともう片方のチャンネルから別の音色のギターも鳴り出すんですが、この曲全般を支配しているのはスカイの音でしょう。あんなザクザク(メタル系ほどのザックザクではありませんが)したミュートプレイが Gretsch のギターでできるんですね。
その曲に限らず「Sentimental Trash」ではいろんな場面で活躍しましたし、昨年リリースした Hi-Standard のシングル「Another Starting Line」のレコーディングでも、こいつは大活躍しました!
なのでボクはいまや多数の Gretsch のギターを所有していますが、レコーディングで一番弾きやすい、弾きたくなる、音が作りやすい Gretsch はスカイなんです。ほぼ「レコーディング用のギター」になりつつあります。
なので最近ツアーに連れて行ってやってないのが若干寂しいんですけどね…。ツアーで弾く Gretsch のギター達、例えば Kenny Falcon だとか Kenny Penguin だとか…結構ピックアップを変えたり、いろんなパーツをちょこちょこ変えて試したりしているんです。いわばそれらは「ライブ用の音作り」のためにパーツを試したかったり、試す必要があったりするんです。でもスカイは、レコーディングでいい感じの音が出るってわかっている状態なので、ライブ用にパーツをアップデートすることはあまりありません。全然いじらないんです。現状改造した点は…ピックアップを TV Jones Classic に変更、木台がピン止めされていなかったので神田商会の山岸さんがピン止め加工してくれました。あとは先述の KTS のチタン製のコマに変更した…それくらいです。
そうするとどうしても試したいパーツを搭載したギターが優先的にステージで弾かれることになり、スカイはなかなか出番に恵まれなくなるんです。しょうがないところなんですが…ちょっと寂しいですね。でもしょうがないですね。でも寂しい(以下無限ループ)
入手した頃はもちろんライブで弾きましたよ!2015年1月の 10-FEET とのツアーの時なんかスカイがエースでした。
それでね、名古屋公演の時にスカイを弾いて、ついでにスカイの話を始めたんですよ。ボクはステージでギターの話をちょいちょいする…「皆さん興味ないんだろうなぁ、話してもわからないんだろうなぁ」って思いつつ、ついつい話しちゃうんです。たぶんその日も「こいつは一番最近入手した Gretsch で…」なんて話したんでしょうね。
そしたらピットの中から「健さーん!それオレが作ったーーー!」って声が聞こえるんですよ!一瞬意味わかんなかったんですけどね、Gretsch のギターを多数生産している「寺田楽器」という工場は名古屋近郊にあるんです。つまり、そこで働くギター職人さんがライブを見に来てくれていて、偶然自分が作ったギターを横山が弾いていたわけですよ!
それは職人さんとして嬉しかっただろうし、もちろんボクも嬉しかったし…なによりスカイ自身が一番嬉しかっただろうなぁ…。だってスカイは日本で生産されましたがアメリカで売られるはずだったわけで…なぜか巡り巡って、自分を組み上げてくれた人の目の前で、檜舞台に立ってるわけですからね!こういうこともあるんですねぇ…プレーヤーと職人、物の気持ち、いろんなストーリーがあってエモくなりますね。
さてさて最後に「なぜスカイが歪みの乗りが良いか」なんとなくヒントになることがわかったんです。しかも猪郷さんが7月に発売する16本分の注文書を制作している段階でわかった新事実なんです!
それはね…実はブレーシングが違ったんです!Gretsch の箱モノのブレーシングというと「トレッセルブレーシング」があまりにも有名です。特にファルコン系のものは、近年では魂柱でなければほぼトレッセルブレーシングだと言っても差し障りないほどだと思います。
それが、まさかの「ML ブレーシング」だったんです!
「トレッセルはわかるけど、ML ってなんずらー?」そういう疑問にもお答えすべく「横山ブレーシング研究所」は独自に写真を入手しました!
この写真は「MLブレーシングとは」と説明するためのスタディーキットを、猪郷さんの許可を得て掲載させてもらっているんですが…トレッセルブレーシングがアーチのような形状になっているのに対して、MLブレーシングは「建設中のアーチ」あるいは「長いアーチの半分だけ」みたいになってますよね?…めっちゃわかりづらい例えでしたね。MLブレーシングはフロントピックアップのあたりの支えがないのがわかります?
ブレーシングにこれほどの作りの差があると、当然音の伝わり方も、箱鳴りの抑え方も違ってくるのは想像に難くありません。音のキャラは全然違うはずです。
2016年に Gretsch は新しく「ヴィンテージ・セレクト・エディション」と「プレイヤーズ・エディション」という2つのシリーズを発表し、ほとんどの箱モノのギターを両方にラインナップさせました。つまりホワイトファルコンも「ヴィンテージ・セレクト・エディションのファルコン」と「プレイヤーズ・エディションのファルコン」の2種類ある、と理解していただけると早いかと思います。前者はよりヴィンテージなサウンドや装飾を狙った作り、後者はライブなどでガンガンいける仕様を意識した作り、と言えます(もうここまでくると「あんた Gretsch のなんなんだ」という声も聞こえたり、聞こえなかったり…)。
その、現場で弾かれることを意識した作りの「プレイヤーズ・エディション」が、実は ML ブレーシングを採用しているんです!!
これは不思議なことが起こってますよ!だって、いまやボクほどハード/アグレッシブに歪ませて Gretsch を弾くギタリストなんて世界中探してもいないと思うんですよ。Gretsch の開発チームの周りにもきっといないと思うんです。だから誰も「歪みには MLブレーシングが向いている」なんて検証してないと思うんです。したとしても、軽いクランチサウンドで検証するくらいしか…少なくともアンプをディーゼルにつないで、ライブやレコーディングで弾くほどの大音量で試してはいないと思うんです。それなのに…なぜ MLブレーシングを採用したんでしょうか…?
でも開発者や技術者が気がついてたんでしょうね。検証してないとしても、そういう人達には特別な直感がありますから。彼らの直感を舐めてはいけないです。しかしこうなったら「プレイヤーズ・エディションには MLブレーシングだ」となった決め手を知りたいですね。
そして…謎はもうひとつ。 Gretsch が MLブレーシングを大々的に採用したのは2016年、スカイが作られたのは2014年…なぜスカイだけ MLブレーシングだったんでしょうか??めっちゃ謎なんです。
しかしまだわかりませんよね。ボクが所有するスカイだけが特別歪みが乗りやすい「個体差説」も捨て切れませんし。徹底検証してみたら「実は MLブレーシングは大して歪みとの相性は合わない」という答えが出てくるのかもしれませんし。
まだわからないですよ…。
ここまでテクノロジーが進んだ世の中で、ギターには未だに謎もいっぱい、検証したいこともいっぱい…だからギターっておもしろいんですよねぇ。
2017/7/6